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東京消防庁ライブラリー消防雑学辞典
消防雑学事典
途中で交代したサイレン担当者

 サイレンのいわれには、トロイ戦争で勇名を轟かせたオデュッセイウスが、海神ポセイドンの怒りに触れ荒海を漂流中、海の妖精・女面鳥身のセイレネス(Seirenes・サイレンとも呼ぶ)の美しい歌声に惑わされそうになったとき、自分の体を帆柱に縛り付け、無事、セイレンの島を通過することができたという話に関わりがありそうです。
 1819年、フランスの物理学者カニァール・ド・ラ・トゥールが、円盤に等間隔の小さな穴をあけて二枚重ねにし、空気を吹きつけながら回転させると音が出る原理を応用した機械を発明しました。その音色があたかもオデュッセイウスが聞いたセイレネスの歌声に似ているのではと、この機械をサイレンと名付けたといわれています。
 現在、サイレンは、警報や時報などの信号用として広く使われており、消防自動車などの緊急自動車には欠くことのできないものです。
 緊急自動車の条件を定める「道路運送車両の保安基準」第49条には大意として、「サイレンの音の大きさは、緊急自動車の前方20メートルの位置において90ホン以上120ホン以下であるサイレンを備えなければならない」と定められています。
サイレン手(写真中央)
サイレン手(写真中央)
 消防自動車のサイレンは、はじめは手動サイレンを使っていましたが、ハンドルを回すのは、もっぱら新任消防士の仕事でした。しかも、旧型の消防自動車はステップ乗車式でしたから、片手でふり落とされないように車体にしがみつきながら、もう一方の手でサイレンのハンドルを回していたので、火災現場に到着したときには、真冬でも汗でビッショリとなり、本来の消火活動さえ満足にできない状態となってしまうため、途中で交代したりしました。
 やがて、消防自動車も内乗り式のものが昭和30年代のはじめのころ採用され、サイレンも手動式からモーター式へと移り変わり、今では「ピーポー」等と音を出す電子サイレンが消防車両に取り付けられています。
 東京の救急車にピーポーサイレン(電子サイレン)が採用されたのは、昭和45(1970)年6月11日からです。最初は麹町、日本堤、池袋の各消防署の救急車に試験的に取り付けられていました。その後、救急車とその他の緊急車を区別する必要があり、また、搬送中の傷病者や救急車が通過する地域の住民の、生理的、心理的負担を軽減させようとする目的にかなうものとして、正式に採用され、全国の救急隊でも採用することになりました。




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