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| その誕生経緯は、次のようなことでした。 自治体消防が発足したことを機に、戦後の荒廃した社会に音楽演奏を通じて、都民の情操を豊かにするとともに、防火思想を普及させる手法を模索していたところ、前期の東京都吹奏楽団に、運営上の問題が生じていました。 そこで東京消防庁では、昭和24年5月1日、内藤清五団長以下東京都吹奏楽団を、消防職員の欠員補充という形で採用し、東京消防庁音楽隊を創設することとしました。採用した団員は、消防学校において特別教習生としての教育を受け、同年7月15日に卒業式を迎え、7月16日に音楽隊が編成され、ここに東京消防庁音楽隊が誕生しました。誕生当時の隊員数は、内藤清五隊長以下23人でした。 音楽隊が誕生して2カ月後の昭和24年9月15日「音楽隊は、奏楽によって消防の諸式典を崇高厳粛ならしめるとともに、消防職員の情操教育ならびに東京都民の意気を鼓舞して、広く文化の向上と発展を図り以て首都消防の使命達成に、寄与せしめることを目的とする」という東京消防庁音楽隊規定が制定され、この規定に基づいて演奏活動が行われるようになりました。 また同じ年の昭和24年9月9日(金)には、日比谷公園小音楽堂において音楽隊による、「第一回レクリエーション・コンサート」が開催され、生演奏の音楽に飢えた数多くの都民などが、会場を埋め尽くしました。このレクリエーション・コンサートは、翌年の3月には「都民コンサート」と改称され、昭和27(1952)年6月には「都民ポピュラーコンサート」と、さらに昭和45(1970)年4月には「金曜コンサート」と改称され現在に至っています。
音楽隊が発足した翌年の昭和25(1950)年からは、NHKのラジオ放送などによって、その存在が全国的に知られるところとなり、また当時は、音楽演奏を行う団体が少なかったこともあって、全国から演奏依頼が殺到し、日に3、4回演奏することも少なくなかったようです。 東京消防庁音楽隊は、演奏を通じて消防広報の成果をあげるとともに、都民との融和を図ることを目的としているところから、演奏活動は多方面にわたり、演奏内容もバラエティーに富んでいます。 演奏活動は、東京消防庁および東京都関係の諸行事、あるいは外国要人の歓送迎会、各種国際スポーツ大会などの国家的式典、各種行事、さらには映画・ラジオ・テレビへの出演、レコード・CDの吹き込みなどと多種多様です。 なかでも特筆すべきものは、「オリンピック東京大会」、「大阪万国博覧会」、「沖縄国際海洋博覧会」などへの出演です。
各種式典などにおけるカラーガーズ隊の一糸乱れぬ演技は、森英恵さんがデザインしたコスチュームとともに、常に観客を魅了しています。 初舞台は、誕生から2カ月後の昭和61(1986)年5月25日、東京みなと祭の行事の一環として行われた、「水の消防ページェント」でした。平成11年末現在、21人の隊員が活躍しています。 東京消防庁音楽隊は、平成11年には創設50年を迎え(*)、発足当時は23人であった隊員も、その倍の44人を擁し、演奏回数は12,630回(平成11年末)を数え、所有楽譜は約3,500点で、現在行っている主な演奏会は、定期演奏会、金曜コンサート、ビルの谷間コンサート(三井ビル広場・日比谷シティ広場)などです。 また、全国の消防音楽隊は、平成11年末現在、専務隊が6隊、兼務隊が177隊あり、それぞれの場で活躍しています。 なお、警視庁音楽隊は、東京消防庁音楽隊が誕生する1年前の、昭和23年に誕生しています。 *病院・養護施設・老人福祉施設への巡回演奏を行いました。 |