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東京消防庁ライブラリー消防雑学辞典
消防雑学事典
?老人ホーム火災で復活した専任救助隊

mark やかなオレンジ色の服にセントバーナードのワッペンを付けて、東京都内の災害現場で活躍しているのは、東京消防庁の特別救助隊員です。特別救助隊は、多種多様な災害から都民の生命を守るために昭和44(1969)年8月1日に設置されました。

特別救助隊
特別救助隊  隊員には、体力、気力それに敏捷性などに優れた者が選抜試験によって選ばれ、1か月以上にわたる厳しい訓練を受け、高度な救助技術を取得した者でなければなることができません。特別救助隊は東京レスキュー、またはその服装からオレンジ部隊とも呼ばれており、都民から大きな信頼を得ています。
 特別救助隊以外に、水難・山岳事故の救助活動に当たる、水難救助隊、山岳救助隊も設置されています。以下、それぞれの隊の誕生経緯と活動状況などを紹介します。
 東京における火災現場での人命救助は、昭和のはじめのころから、各小隊に必ず先行員を一人設けて、人命検索と救助に専念させていました。
 昭和7(1932)年の末に、日本橋の白木屋百貨店火災(元・東急日本橋店・死者14人)、深川の大富アパート火災(死者23人)など、多数の死者を出す火災が続発したことを契機として、昭和8(1933)年6月神田消防署は、同署後援会の協力を得て、人命救助活動に必要な救助車と、これに付随したドレーガー式酸素呼吸器、消火器、防煙マスク、水管、拡声器等の寄贈を受け、本格的な人命救助活動を開始しました。これが、専任救助隊といわれるもので、現在の特別救助隊の前身となるものです。

 その後、昭和10(1935)年8月27日付けの「試験的臨時専任救助隊設置ニ関スル件」という指示に基づいて、芝・麹町・本郷・下谷(現上野)・深川消防署にも、水管自動車を改造して、救助はしご、救助袋、救助幕、破壊器具・防煙具等を装備した、3人の隊員からなる専任救助隊が設けられました。
 しかし、太平洋戦争が始まると、消防戦術も転換をせまられたため、防空消防に重点を置くこととなり、せっかくできた専任救助隊制度は廃止せざるを得ませんでした。
 戦後10年を経て、廃止されたままの専任救助隊制度を復活させる必要性が叫ばれたのは、昭和30(1955)年2月17日、横浜市戸塚区で死者99人を出した養老院「聖母の園」火災が契機となりました。このような悲劇を二度と繰り返さないために、東京消防庁は急きょ火災現場における人命救助対策を検討した結果、従前の専任救助隊制度を復活させることになり、36署の水槽車、化学車などを改装し、それに二連ばしごや防煙マスクなどの救助資器材を積載し、救助隊用の車両として、昭和30年3月7日、隊長以下6〜7人の編成で、再度専任救助隊制度が発足しました。
 その後、東京の急速な発展に伴い、今まで予想もしなかったような事故が続発し始め、それに対する救助活動が要請されるようになってきました。酸素欠乏事故などがその例です。そこで東京消防庁はこれらに対処できるように、救助体制についてさらに検討を重ねた結果、災害現場で人命救助に専念する特別救助隊が是非とも必要であるということになり、昭和44(1969)年8月1日から、麹町消防署永田町出張所に特別救助隊を一隊設置して暫定的に運用を開始しました。
 次いで昭和46年(1971)5月には、西新井(現足立)消防署に一隊が配置されましたが、これも暫定運用でした。特別救助隊が本格的に運用を開始したのは昭和46年6月15日からです。オレンジ色の服は、昭和47(1972)年9月18日から正式に特別救助隊の服とされ、セントバーナードの腕章は、昭和48(1973)年11月11日から付けられるようになりました。平成12年4月現在、23の消防署に特別救助隊が配置され、昼夜の別なく活躍しています。

 平成11年中の救助活動件数は13,178件で、交通事故に関わる救助活動が、全体の37.8%となっています。

水難救助隊
水難救助隊

 特別救助隊は陸の守りですが、海(水)の守りは水難救助隊です。東京では昭和48年から水難救助隊員の養成をすすめてきましたが、昭和49(1974)年10月23日から臨港、西新井および城東消防署に設置して運用を開始しました。平成12年4月現在、日本橋(浜町)、臨港、大森、足立(綾瀬)、小岩、調布の6隊体制で運用しています。
 隊員はスキューバー(自給式水中呼吸装置)を装着して、東京消防庁が管轄する水域内で発生した水難事故の救助活動に当たっていますが、平成11年中には、298件の水難事故が発生し、139人を救助しています。

山岳救助隊
山岳救助隊

 また、登山愛好者の増加に伴い、多発するようになった山岳救助事象に対処するため、昭和62(1987)年5月1日から八王子、青梅、秋川および奥多摩の4消防署に山岳救助隊を設置して運用を開始しました。
 隊員は、ニッカ型山岳救助服、登山靴、水筒、ナイフ、ピッケル、リュック、そして厳冬期に備えたダウンベスト、アイゼン、スパッツなどの登山装備に身を固め、海抜高度と地形の起伏が激しい山岳地において発生した遭難、受傷、急病等に対し、高度な専門知識、救助技術および豊富な経験を生かして活躍しています。平成11年中には、88件の山岳事故が発生し、71人の救助に当たりました。
 救助隊員の技術の向上は、直接人命の救護にかかわることですから、最も大切なことです。そのため、全国の救助隊員が救助技術を競い、互いにレベルアップを図るために行われているのが全国消防救助技術大会で、昭和47年に東京で開催した第一回を皮切りに、その後毎年各都市で行われています。



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