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東京消防庁ライブラリー消防雑学辞典
消防雑学事典
?たたき起こされた臥煙(がえん)

火消卒(がえん)の生活
火消卒(がえん)の生活

mark 江戸城の防火を目的として設置された消防組織である定火消は、慶安3(1650)年6月、幕府直属の4,000石以上の旗本をもって創設されました。

 万治元(1658)年には4組でしたが、その後数回の改廃を経て、宝永元(1704)年には10組となったことから、別名十人屋敷、十人火消と呼ばれていました。
 定火消には、八代洲、赤坂、お茶の水、四谷などに火消屋敷が与えられ、各屋敷には与力や同心、そして火消活動を行う臥煙(臥烟又は火煙とも書いた)などおよそ100人近くが常駐していました。

 与力や同心のもとにあって、直接消火作業に当たった臥煙について、太田櫛朝は『江戸乃華』で次のように述べています。
 「火消卒をぐわえんといふ。すなわち臥烟(ぐわえむ)の音称なり。此ぐわえんといふもの、江戸者多し。極寒といへども邸の法被(はっぴ)一枚の外衣類を用ひず、消火に出る時は、満身の文身(ほりもの)を現はし、白足袋はだし、身体清く、男振美しく、髪の結様法被の着こなし、意気にして勢よく、常に世間へは聊(いささ)かの無理も通りければ、祁寒の苦を忘れて、身柄の家の子息等のぐわえんに身を誤るもの少なしとせず。此者共皆大部屋に一同に起臥し、部屋頭の取締りを受く。
又義侠ありて、よく理非を弁ふ。火事なき時は三飯の外は吾身の掃除なり、夜中臥すに長き丸太を十人十五人一同に枕とす、櫓太鼓鳴や、枕木の小口を打て起せば、直ちに飛出て火に赴くといふ。火中命を捨る者まゝありし。・・・」

 臥烟という語が、品性の卑しい無頼漢を指していう語として使われるようになった経緯は、上の文中から察せられるようです。

 現在の消防職員は、夜間出場する場合でも出場指令の放送を聞いて飛び起きますが、臥烟は、一列に並んで寝ている木枕の小口を、寝ずの番が木づちで叩き、その音と振動によって起こされました。“たたき起こす”の語源は、さしずめこの辺にあるのではないかとする説に、うなずけなくもありません。



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