東京消防庁 石神井消防署 Tokyo Fire Department Shakujii Fire Station

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石神井の歴史
 History of Shakujii area

「石神井」という地名の由来

「石神井」という地名の由来をご存知ですか?
昔、むかしのそのまた昔、村の人びとが井戸を掘っていると、土の中から石棒がでてきたそうな。

その石棒には、奇瑞(きずい。おめでたいことが起こる予兆を表すしるしのこと。)があったそうです。村の人びとは、この縁起のよい棒を「霊石」としてあがめることにし、石神様として祀ったそうです。

これが、石神神社(現在の石神井神社。石神井町4−14)の始まりで、いつしか地名も石神井と呼ぶようになったそうです。



石神井城のはなし

豊島氏累代の居城のあった石神井城跡は、現在もわずかに空濠の一部が残り、「石神井城跡及び三宝寺池」として、大正9年に東京都旧跡に指定されました。

文明9年(1477年)に、太田道灌(どうかん)によって滅ぼされ、三宝寺池に入水したと伝えられる最後の城主 豊島泰経(やすつね)と娘の照姫の霊を祀った殿塚、姫塚は、三宝寺池の北大地の樹林の中にたたずんでおり、その折り哀話が数多く伝えられています。
 石神井城址

石神井城跡および三宝寺池を擁する石神井公園の詳細については、こちら



照姫まつり

悲劇的な最後を遂げた照姫さまを偲んで、華やかな時代行列を最大の見どころとする春の祭典「照姫まつり」は都立石神井公園開催されれいる練馬区の2大まつりの一つです。

照姫は、室町時代中期に石神井城を本拠地とし、栄華を極めていた豊島泰経(やすつね)の娘です。

当時は戦乱のさなか、豊島泰経は宿敵太田道灌(どうかん)に攻め滅ぼされ、現在の石神井公園にある三宝寺池に飛び込んだといいます。泰経の愛娘である照姫は、泰経の最期をみとると、悲しみのあまり自らも池に身を投げたと言われています。


照姫まつりは、練馬区民に愛され、育てられた郷土のおまつりとして大勢の人が訪れ、武者行列が石神井の街を練り歩きます。

照姫まつりの詳細については、こちら



 「大泉」という地名の由来
 明治22年、小榑(こぐれ)村と橋本村が合併して、榑橋(くれはし)村となりました。

その2年後、上土支田村と新倉(にいくら)村の一部を合併し、新しい村名をつけることになりました。

村内に井戸池をはじめ泉が多かったことと、一番大きい小榑村の一字をとって小泉(おいずみ)村とする案が出ました。

しかし、小泉は「こいずみ」とも読める、村も大きくなった意味から小を大として大泉村にということになったそうです。

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