▼開署前の沿革
当地区は麹町区富士見町二丁目1番地の消防第三分署の管轄下にあり、旧赤坂区の外、麹町・四谷・牛込の各区を管轄し、その規模は消防組7組と分遣隊10隊をおき、蒸気ポンプ1台、機関18名、火夫2名、馬6頭、助手10名、であった。
明治27年2月消防規則の公布により法的地位が与えられた。さらに明治32年に消火栓が設置され、水管配置所を定めて消火栓使用時代にはいった。旧赤坂区内の消火栓の状況は、明治33年12月末で公設消火栓 123個、私設消火栓 2個であった。
▼赤坂消防署のあゆみ

大正13年9月30日(青山分署設置される)
告示第 118号により赤坂消防署の前身である第三消防署青山分署が設置され赤坂地区の消防の任についたのである。第三消防署青山出張所は第三消防署青山分署に新町派出所は青山分署新町出張所に改称発足した。
大正15年7月1日(赤坂消防署に改称)
青山分署から赤坂消防署に改称し、赤坂消防署新町出張所となった。当時の陣容は署長以下43人、ポンプ自動車2台(A型.B型)、水管自動車1台、水管車1台、救助袋、救助幕各1の装備であった。
昭和3年6月15日(赤坂消防署旧庁舎建設)
昭和2年11月16日赤坂青山南町一丁目6番地に本署庁舎の建設工事に着手し、約7か月間をかけて落成し旧庁舎より移転事務を開始した。(敷地155u・鉄筋コンクリート造3階建・建築面積 117u・延べ面積 351u・望楼18.6m)
昭和18年1月29年(赤坂消防署の分室の設置)
赤坂青山南町55番地に赤坂消防署分室が設置された。
(木造2階建・建築面積93u・延べ面積 170u・ポンプ自動車2台が配置された。)
昭和23年5月1日(東京消防庁発足)
東京消防本部を東京消防庁に改められ東京消防庁赤坂消防署と改称された。
昭和54年11月18日
赤坂消防少年団が団員32名を以って発足した.
昭和58年6月10日
地域住民と一体となって、積極的な人命安全対策を推進し、火災による死者ゼロ3,000日を達成した。
昭和61年3月27日
赤坂消防署新庁舎(港区南青山二丁目16番9号)が竣工、落成式を挙行し、昭和61年4月1日より事務が開始された。(写真参照)
昭和61年12月16日
「協力と和」をテーマに防災モニュメント(赤坂消防署発祥の地記念碑)が、港区南青山一丁目2番地内に建立された。(写真参照)
  
昭和63年3月5日
赤坂防火協会防火婦人部が独立して「赤坂防火婦人会」が設立発足する。(会員数317名)
昭和63年6月18日
赤坂防火管理者連盟設立30周年を迎える。
平成元年10月17日
赤坂消防署管轄の単身寮「青南寮」が、廃止された。
平成元年11月14日
災害に強い街づくりを推進するため、「赤坂・青山地区を災害安全モデル地区」として宣言した。
平成3年10月15日
管内に初めて幼年消防クラブ(私立青山幼稚園)が発足した。
平成4年10月15日
赤坂危険物安全会の「創立30周年記念式典」が挙行された。
平成4年12月9日
管内の企業や住民及び署員が一体となって、人命安全対策を積極的に推進し、火災による死者ゼロ1,000日を達成した。
平成7年8月31日から10月2日まで
管内地下鉄6駅舎と事業所との災害時相互応援協定が締結された。
平成15年11月22日
「火災による死者ゼロ5,000日」達成した。(写真参照)

平成16年8月30日
赤坂消防署ホームページが開設。
平成18年4月18日
赤坂化学機動中隊が発足。(写真参照)

平成18年8月4日
新町出張所に特別消火中隊が発足。(写真参照)

平成18年8月18日
「火災による死者ゼロ6,000日」達成した。(写真参照)
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